2017年、第157回直木三十五賞の発表は、日本の文壇に静かながら決定的な激震をもたらしました。対象作となった『月の満ち欠け』は、デビューから34年、数多くの傑作を生み出しながらも文学賞の主流から距離を置いていた佐藤正午にとって、初の直木賞候補作にして満票に近い形での受賞作となったのです。
この佐藤正午の直木賞受賞理由を文藝春秋の公式選評から紐解くと、選考委員たちの驚嘆と惜しみない賛辞が浮き彫りになります。選考委員を務めた北方謙三氏は「文句なしの授賞」と断言し、宮部みゆき氏もその精緻極まるプロットと感情の揺らぎを完璧にコントロールした筆力を絶賛しました。輪廻転生という、一歩間違えれば通俗的なオカルトに堕ちかねない危ういモチーフを扱いながら、緻密な時間軸の交差と登場人物たちの切実な心理リアリズムによって、圧倒的な純文学的気品を備えたエンターテインメントへと昇華させた点が、決定的な評価軸となりました。
受賞当時、東京で開催された贈呈式に佐世保から現れた佐藤正午は、過剰な自賛も卑屈さもなく、淡々と職人としての喜びを口にしました。「プロの作家たちが最も恐れ、最も敬愛する書き手」という業界内の定評が、名実ともに大衆文学の頂点として公式に裏付けられた歴史的瞬間でした。