敬語の識別を単なる暗記作業に終わらせず、当時の人間関係や物語の背景を理解すると、古文読解は格段に面白くなります。
本章段の主役である中納言・藤原隆家は、関白・藤原道隆の四男であり、一条天皇の后である中宮定子の実弟にあたります。兄には内大臣を務めた藤原伊周がいます。藤原北家中関白家の華々しいサロン文化の中心にいたのが定子であり、そこに仕えていたのが『枕草子』の作者・清少納言です。
【扇の骨とくらげの骨のウイット】
隆家は定子の御所に参上し、「素晴らしい扇の骨を手に入れました。これに見合う名高い紙を張ろうと探しているところです」と誇らしげに語ります。定子が「どんな骨なのですか」と尋ねると、隆家は「誰も見たことがないような素晴らしい骨です」と大げさに自慢しました。すかさず定子はこう返します。
「さては、扇の骨にはあらで、くらげの骨にこそあるべけれ(それでは扇の骨ではなく、誰も見たことがないクラゲの骨のようですね)」
骨のないはずのクラゲを引き合いに出した定子のユーモアあふれる切り返しに、隆家は一本取られたとばかりに「これは隆家が言うはずだった言葉を、先に仰せられてしまいました」と笑い崩れます。この洗練された言葉遊びと家族間のあたたかな空気を、清少納言は敬語を正確に使い分けながら生き生きと記録しているのです。