高岡早紀に対して長年つきまとうのが「天性の魔性の女」というラベルです。しかし、この通俗的な解釈は、彼女の真の魅力とキャリア形成の本質を見誤らせる要因になっています。
彼女の生い立ちや過去のインタビューを紐解くと、幼少期から厳格なバレエの稽古で鍛えられたストイックな規律と、職人肌の映画監督たちに鍛え上げられた泥臭い下積みのリアリズムが見えてきます。10代の頃から自らの意志をしっかりと持ち、大人たちのお仕着せの「清純派アイドル像」に安易に迎合しなかった姿勢が、当時の男性社会的な芸能界において「生意気」「奔放」「魔性」と歪んでラベリングされたに過ぎません。
自らの肉体や美貌を「消費される客体」としてではなく、深作欣二監督の演出に応えるための「表現の武器」として主体的にコントロールしていたからこそ、弱冠21歳でのアカデミー賞受賞や伝説の写真集が結実したのです。受け身のシンデレラではなく、自らのキャリアを主体的に切り拓いたプロフェッショナルであったことこそが、知られざる真相と言えます。