「ゆりかごから墓場まで」という表現は誰の言葉なのかという点については、歴史上しばしば混同が見られます。一般には労働党のスローガンとして認知されていますが、公の電波に乗せてこの表現を定着させた重要人物の一人が、当時の保守党首相ウィンストン・チャーチルでした。
1943年3月、チャーチルはラジオ放送で行った演説の中で、戦後復興計画に触れ、「あらゆる階層のあらゆる目的のために、ゆりかごから墓場までの国民強制保険を整備しなければならない」と語りました。戦時挙国一致内閣を率いるリーダーとして、国民の士気を高めるためにベヴァリッジの構想を引用したのです。
しかし、戦争終結直後の1945年7月に行われた総選挙で、国民が選んだのは戦争の英雄チャーチル率いる保守党ではなく、クレメント・アトリー率いる労働党でした。国民は戦争の勝利以上に、戦後の生活安定と社会改革を渇望していたのです。
アトリー内閣はマニフェストに掲げた公約を迅速に実行へと移しました。1946年に国民保険法と国民保健サービス法を成立させ、1948年7月5日、原則無料で医療を提供する国民保健サービス(NHS: National Health Service)が正式に稼働しました。これにより、イギリスは名実ともに世界初の本格的な「福祉国家」へと舵を切ることになりました。