山田裕貴の父・山田和利の現在と野球歴|背番号30が繋いだ家族の絆

山田裕貴の父・山田和利の現在と野球歴|背番号30が繋いだ家族の絆

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山田裕貴さんは幼少期から父に憧れ、自然とプロ野球選手を志してリトルリーグやシニアリーグで野球に打ち込んでいました。しかし、中学時代に進むにつれて「プロ野球選手の息子」という周囲からの過度な期待や重圧、そして何よりも自分自身の技術的な限界を感じるようになります。

「父のようなプロにはなれない」と痛感し、自ら野球を辞める決意を固めた際、父・和利氏にその思いを打ち明けました。厳しいプロの世界を知る父は怒ることなく、ただ静かにこう告げたといいます。

「野球を続けろとは言わない。だが、自分で決めたことなら、次にやることは最後まで絶対にやり抜け」

この言葉が、後の山田裕貴さんの生き方を決定づけました。高校では父と同じ東邦高校に進学しながらも野球部には入部せず、自らが本当に情熱を注げる道として見出したのが「俳優」という表現の世界でした。養成所時代や下積み時代、どれほど苦しいオーディションが続いても「一度決めたことを途中で投げ出したら、野球を辞めた自分が嘘になる」と歯を食いしばり続けた原動力は、父との約束にありました。

この親子の絆が公の場で結実したのが、2018年8月10日にナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)で行われた中日ドラゴンズ対東京ヤクルトスワローズ戦の始球式です。

マウンドに上がった山田裕貴さんの背中には、父が現役時代に背負っていた中日の背番号「30」のユニフォームがありました。投球前から溢れ出る涙をユニフォームの袖で拭いながら、渾身のストレートをキャッチャーミットへ投げ込んだ姿は、球場全体の観客だけでなく、中継を見守っていた全国のファンの胸を強く打ちました。「父の背番号を着て、父が立っていたナゴヤドームのマウンドに立つ」という親孝行を果たした瞬間でした。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。