千葉紘子の経歴を振り返る上で欠かせないのが、本格的な音楽的素養です。名門・桐朋学園大学音楽学部声楽科を卒業しており、クラシックの確かな基礎に裏打ちされた歌唱力は、当時の歌謡界でも群を抜いていました。
1971年にデビュー後、翌1972年に発表した「折鶴」(作詞:安井かずみ、作曲:平尾昌晃)がミリオンセラーを記録する大ヒットとなり、NHK紅白歌合戦への出場を果たします。切ない乙女心を折り鶴に託す叙情歌謡として世代を超えて愛され、続く「火の国へ」などでも情感豊かな歌世界を確立しました。
しかし、スポットライトを浴びる華やかな芸能生活の裏で、彼女の心を捉えたのは「人の心に直接届く歌の役割」でした。1970年代後半、知人の勧めをきっかけに矯正施設の慰問を始めたことが、彼女の人生を大きく変える転機となったのです。