若きカリスマの突然の死には、時として根拠のない憶測や尾ひれがついた噂がつきまといます。インターネットの黎明期から掲示板やSNSを中心に「ハードな生活による薬物トラブルではなかったのか」「公表されていない重篤な持病があったのではないか」といった真偽不明の言説が一部で囁かれてきました。しかし、警察の捜査や関係者の証言、当時のオフィシャル声明において、違法薬物の乱用を示す証拠は一切確認されていません。
現実として横たわっていたのは、2000年代初頭のインディーズとメジャーが激突していた時代特有の、極限状態の生活リズムと過剰なプレッシャーでした。全国各地での深夜におよぶクラブイベントへの出演、移動の連続、それに並行して進められていた膨大なレコーディング作業。昼夜が完全に逆転したハードな日常は、20代半ばの屈強な青年であっても心身へ計り知れない負荷を蓄積させていきます。
生前のTOKONA-Xを知る仲間たちは、インタビューや回顧録の中で「彼は常に全力で、妥協という言葉を知らない男だった」と口を揃えます。ステージ上で見せる圧倒的な咆哮と堂々たる立ち振る舞いの裏で、Def Jam Japanという世界的看板を背負い、名古屋のフッド(地元)の誇りを一身に背負ったプレッシャーは想像を絶するものがありました。持病の有無という次元を超え、命を削りながら言葉を紡ぎ続けた表現者の壮絶な生き様そのものが、心臓に過度の負担を強いていたという側面は否定できません。