本作の筆者である米倉斉加年(1934–2014)は、日本を代表する名優であり、同時にボローニャ国際児童図書展グラフィック賞を複数回受賞するなど、卓越した絵本作家・画家としても知られていました。
生前のインタビューや自著の手記において、米倉は本作について「弟を死なせてしまったという思いは、一生消えることがない心の傷」と語っています。作者が本作を通じて読者に伝えたかった核心的メッセージは、以下の3点に集約されます。
1. 飢餓(ひもじさ)が人間の尊厳を破壊する恐怖
作中で繰り返し強調されるのが「ひもじさ」という感覚です。米倉は、単に「お腹が空いた」という身体的状態ではなく、空腹が精神を支配し、肉親に対する思いやりや人間としての理性を麻痺させてしまう恐ろしさを告白しています。弟の命を奪うかもしれないと知りながらミルクに手を出してしまう主人公の姿は、戦時下の極限状態における人間の弱さを象徴しています。
2. 題名が「弟に」ではなく「弟たちに」である理由
本作の最も重要な読解ポイントの一つが、タイトルが単数形の「弟に」ではなく、複数形の『大人になれなかった弟たちに』となっている点です。
主人公が失ったのは実弟のヒロユキ一人ですが、戦争によって未来を奪われ、大人になることすら許されずに命を落とした子どもたちは、日本全国、そして世界中に無数に存在しました。米倉はこのタイトルに、ヒロユキへの個人的な鎮魂だけでなく、「戦争の犠牲になったすべての幼い命への祈りと、戦争を許した大人社会への痛烈な告発」を込めているのです。