1990年代初頭、山内が見せた最もダイナミックかつ物議を醸した決断が、MLB(メジャーリーグベースボール)の「シアトル・マリナーズ」買収提案だ。地元シアトルのチームが移転の危機に瀕していることを知った山内は、任天堂の米法人を通じて筆頭株主となることを申し出た。
当時のアメリカでは激しい日米貿易摩擦の最中にあり、「日本の資本がアメリカの国技を買うのか」という猛烈な人種差別的バッシングが巻き起こった。しかし山内は揺るがなかった。任天堂を育ててくれたアメリカ市場への恩返しと、現地ビジネスにおける信頼構築という大局を見据えていたのだ。政治的圧力に屈せず買収を完遂させた山内だが、なんと生涯で一度もマリナーズの試合を現地で観戦することはなかった。ビジネスにおける冷徹なリアリズムと、粋な心意気が同居する山内ならではのエピソードである。