五箇条の御誓文とは?起草者や目的・現代語訳と五榜の掲示の違いを解説

五箇条の御誓文とは?起草者や目的・現代語訳と五榜の掲示の違いを解説

五箇条の御誓文とは?起草者や目的・現代語訳と五榜の掲示の違いを解説に関する気になる情報を徹底的にまとめました。今すぐチェックことができます。

歴史学習で多くの人が混乱しやすいのが、五箇条の御誓文が発布された翌日の慶応4年3月15日に出された「五榜の掲示(ごぼうのけいじ)」との関係です。同じ新政府が出した方針でありながら、両者のトーンは驚くほど乖離しています。

項目五箇条の御誓文五榜の掲示発布対象公家・大名・知識層・諸外国一般庶民(農民・町人)発布形式天皇が神に誓う「誓約」高札(道端の看板)による「禁止令」主な内容公論の重視、旧習打破、世界への開国五倫の道徳、徒党・強訴の禁止、キリスト教禁止(邪宗門禁制)思想的性格極めて先進的・近代的な変革宣言江戸幕府の民衆支配を踏襲した封建的統制

なぜ新政府は、前日に「旧来の悪習を破る」と宣言しておきながら、翌日には江戸時代と瓜二つの民衆規制看板を立てたのでしょうか。

その背景には、新政府の「急進的な改革による社会秩序の崩壊を防ぎたい」という強い警戒感がありました。戊辰戦争の混乱期において、農民の一揆や打ちこわし、キリスト教の急速な拡散は政権の致命傷になりかねません。対外・指導層向けには「進歩的な文明国」の顔を見せつつ、内政・民衆向けには「厳格な統制者」として君臨するという、初期明治政権のリアリズムと二面性がここにくっきりと表れています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。