世界の球技史を振り返る際、極めて特異な事実があります。それは、近代球技の代表格であるバスケットボールとバレーボールが、わずか数キロしか離れていない地域で、同じ教育理念を持つ組織の手によって意図的に開発されたという点です。
バスケットボール発祥の地として知られるのは、マサチューセッツ州スプリングフィールドです。1891年12月、国際YMCAトレーニングスクール(現・スプリングフィールド大学)の体育教官だったジェームズ・ネイスミス博士は、厳しい寒気で屋外運動ができないニューイングランドの冬場を乗り切るため、あるミッションを課されました。当時の学生たちの手記には、「冬の室内訓練は退屈極まりない器械体操ばかりで、誰もが不満を募らせて荒れていた」という生々しい記録が残されています。
ネイスミス博士は、激しい接触プレーによる怪我を防ぎつつ、限られた室内空間で誰もが熱中できる競技を模索しました。体育館の手すりに取り付けられたのは、用務員が持ってきた2個の「桃を入れる籠(ピーチバスケット)」。これが世界初のバスケットゴールでした。当時のネイスミス博士が残した13の基本ルールブックには、「ボールを持って走ってはならない」「相手を押したり殴ったりしてはならない」といった厳格な非接触原則が明記されており、これが現代のグローバルスポーツへ結実していきました。
一方、バレーボール誕生の経緯もまた、このスプリングフィールドの動きと直接連動しています。ネイスミスの直弟子であったウィリアム・G・モーガンは、1895年、隣町のホリヨークYMCAで体育ディレクターを務めていました。モーガンは、急速に普及したバスケットボールが若者中心に熱狂を呼ぶ反面、地元のビジネスマンや中高年層には運動強度が激しすぎるという課題に直面します。
モーガンが自著や手記で振り返った当時の告白によると、「テニスのネット構造とボールを打ち合う爽快感を取り入れつつ、身体の衝突が絶対に起きない安全なレクリエーション」を目指して考案されたのが「ミントネット(Mintonette)」、すなわちバレーボールの原型でした。テニスネットを約198センチの高さに張り、空気袋を浮かせた試みから始まったこの競技は、瞬く間に全米、そして世界中へと広まっていったのです。