雅子さまのご体調を語るうえで欠かせないのが、2004年の「適応障害」の公表と、その後のご家族による献身的なサポートです。伝統と格式が重んじられる皇室環境、世継ぎ問題に伴う過剰なメディアの視線、海外訪問の制約など、幾重にも重なった重圧が体調を崩された要因とされています。
この危機において、雅子さまと天皇陛下の強い信頼関係が最大の防波堤となりました。2004年5月の記者会見で当時の皇太子殿下が述べられた「雅子のキャリアや、それに伴った雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」という発言は、日本社会に大きな衝撃を与えました。世論の反発をも恐れず妻を守り抜く姿勢を示されたこの言葉こそが、雅子さまにとって最大の精神的支柱となったことは間違いありません。
さらに、雅子さまと愛子さまの母娘関係も、回復プロセスにおいて決定的な意味を持ちました。愛子さまが幼少期から学童期にかけて直面された様々な課題に対しても、雅子さまは一人の母親として常に寄り添い、二人三脚で乗り越えてこられました。大学を卒業され、日本赤十字社に勤務しながら成年皇族として立派に公務を務められる愛子さまの凛とした姿は、雅子さまにとっても大きな安心感と生きる活力になっています。