今日の実力派・池松壮亮の礎となったのが、12歳(撮影当時)で挑んだ『ラスト サムライ』の現場でした。劇団四季のミュージカル『ライオンキング』でヤングシンバ役を経験していたものの、当時の彼は演技よりも白球を追いかけることに情熱を注ぐ、根っからの福岡の野球少年でした。
当時の特番インタビューや関係者の証言によると、オーディションに参加した理由も「姉(元劇団四季の池松日佳瑠)が受けるから一緒について行った」という極めて無欲なもの。池松本人は「早く落ちて地元に帰り、野球の練習がしたい」とすら考えていたと明かしています。しかし、その「大人に媚びない冷徹なまでの眼差し」と、作為のない佇まいが、メガホンを取ったエドワード・ズウィック監督の目に止まりました。監督は「彼が部屋に入ってきた瞬間、そこに本物の小さな侍がいると直感した」と後に述懐しています。
撮影現場において、主演兼プロデューサーのトム・クルーズと池松壮亮の間には特別な信頼関係が育まれました。当時すでに世界最高峰のスーパースターだったトム・クルーズは、12歳の池松を一人のプロフェッショナルな俳優として対等に扱いました。
撮影の合間、トムは多忙なスケジュールの合間を縫って池松とキャッチボールに興じ、池松の誕生日には直筆メッセージが添えられた野球のグローブをサプライズでプレゼントしたという逸話が残されています。さらに後年、トム・クルーズが映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)のプロモーションで来日した際、レッドカーペットで10余年ぶりの再会を果たした二人が固く抱き合った場面は、大手エンタメ報道各社でも大きく報じられ、映画ファンの胸を打ちました。