日常会話や創作物の中で耳にする「植物人間」という言葉ですが、現在の医療現場では差別的・侮蔑的なニュアンスを避けるため、正式な診断名として使われることはありません。医学界では一般に「遷延性意識障害」、国際的には「植物状態(Vegetative State;VS)」と呼称されます。
この概念は、1972年に英国の脳神経外科医ブライアン・ジェネット(Bryan Jennett)と米国の神経内科医フレッド・プラム(Fred Plum)によって提唱されました。日本でも日本脳神経外科学会が「自力移動が不可能」「自力摂食が不可能」「糞尿失禁がある」「声を出しても意味のある発語ができない」「簡単な命令に応じない」「眼球で物を追うが認識できない」という6つの基準が3カ月以上継続した場合を「遷延性意識障害」と定めています。
言葉の歴史を振り返ると、1972年に発表された石原藤夫のSF小説『コンピュータが死んだ日』などの文学作品で「植物人間」という表現が活字として見られ、手塚治虫の名作漫画『ブラック・ジャック』第41話(旧版4巻初版)でも題材として取り上げられました。しかし、後者は作中の過激な描写や呼称に対する議論から、その後の重版で長年未収録扱いとなるなど、社会的にきわめて繊細なテーマとして扱われてきた経緯があります。
「自発呼吸の有無」が分ける生と死の境界線
最も混同されやすいのが植物状態と脳死の違いです。両者を分ける決定的な要素は、脳幹と大脳の機能、とりわけ「自発呼吸ができるかどうか」にあります。
人間の脳は、思考・記憶・感情・言語といった高度な精神活動を司る「大脳」と、呼吸・心拍・体温調節・血圧維持など生命維持の中枢である「脳幹」に大きく分かれます。植物状態(遷延性意識障害)は、大脳の広範囲な損傷によって意思疎通や知的な認知活動が失われているものの、脳幹の機能は保たれている状態です。そのため、人工呼吸器を使わなくても自分自身の肺で呼吸し、心臓を動かし続けることができます。
一方で「脳死」は、大脳だけでなく脳幹を含めた脳全体の機能が不可逆的に完全に停止した状態です。人工呼吸器の補助がなければ自発呼吸は一切できず、医学的・法的に「個体の死」として扱われます。植物状態の患者は、医学的見地から見ても「生きている人間」そのものであり、法的な死者である脳死とは根本的に一線を画しています。