月詠イクトを語る上で避けて通れないのが、悪役として描かれがちだったイースター社との複雑な関係と、辺里唯世との確執です。一部のライト層からは「あむを巡って唯世と対立した危険なライバル」と単純化されがちですが、物語の構造を深く紐解くと、イクト自身が徹底的な被害者であったという事実が浮き彫りになります。
イクトの実父である天才バイオリニスト・月詠或斗が失踪した後、母親である奏子はイースター社の専務・星名一臣と再婚しました。一臣はイクトの父のバイオリンを人質に取り、さらに妹の歌唄を芸能活動で酷使しながら、イクトを「エンブリオ(願いを叶える魔法のたまご)」探索の尖兵として利用し続けます。イクトが学校をサボり、あむたちの前に敵として立ちふさがっていたのは、自らの身を盾にして妹・歌唄を一臣の魔の手から守るための自己犠牲に他なりませんでした。
また、辺里唯世との確執についても大きな誤解が存在します。幼少期のイクトと唯世は、同じ屋敷で実の兄弟同然に育った間柄でした。唯世がイクトを「泥棒」と呼び激しく拒絶していたのは、イクトが屋敷から姿を消した際、辺里家に代々伝わる「ダンプティ・キー」を持ち去ったと誤解していたためです。実際には、ダンプティ・キーは或斗から正当に託されたものであり、イクトは唯世を傷つけないために弁明をせず、泥をかぶり続けていました。この二重三重の自己犠牲構造が明らかになった終盤、物語は単なる魔法少女モノの枠を超えた濃厚な人間ドラマへと昇華したのです。