『天』第16巻から始まる「通夜編」は、麻雀漫画というジャンルの境界線を完全に破壊した問答劇です。死を決意した赤木のもとに集まったのは、かつて東西戦を共に戦った天貴史、井川ひろゆき、原田克美、僧我三威、浅井銀次といった歴戦の雀士たちでした。
彼らは代わる代わる赤木の部屋に入り、自死を思いとどまらせようと必死の説得を試みます。金や権力に執着する原田には「死ぬことだけが平等」と諭し、老境に入った僧我には老いることへの憐憫と決別を示し、主人公の天貴史とは互いの存在を認め合う無言の乾杯を交わしました。そして、物語の最大の山場となったのが、青年の未熟さを抱えた井川ひろゆきとの最終対話です。
ひろゆきは赤木にしがみつき、涙を流しながら「格好悪くてもいい、生きていてほしい」「認知症になっても僕が面倒を見る」と訴えかけます。それに対し、赤木は静かに、しかし峻烈に語りかけました。
「熱い三流なら上等よ…!」
この名言は、秀才でありながら常に赤木のような「本物の天才」にコンプレックスを抱き、傷つくことを恐れて保身に走っていたひろゆきの魂を根底から揺さぶりました。成功や世間体を追うあまり自分を縛り付けていたひろゆきに対し、赤木は「いいじゃないか…三流で…! 熱い三流なら上等よ…!」「成功を目指すな…止まれ…」「手放すな…自分を…!」と、生きることの本質を遺言として託したのです。
説得が不可能であることを悟ったひろゆきが部屋を去った後、赤木は1人、装置の前に座ります。点滴のチューブを見つめながら呟いた最後の台詞——「よし…! 行こう…!」。この言葉とともに自らスイッチを押し、赤木しげるは静かに、誇り高くその生涯を閉じました。