松永氏の人生を根底から変えたのは、旧通産省工業技術院の元院長である飯塚幸三受刑者が引き起こした池袋暴走事故だった。ブレーキとアクセルの踏み間違いによって生じた惨劇は、母子2名の命を奪い、9名に重軽傷を負わせた。
過失をめぐる長期にわたる裁判闘争の中で、松永氏は幾度となく世論の矢面に立った。加害者側との法廷での激しい対峙、そして判決確定後に実現した刑務所での対話プログラムに至るまで、彼の姿勢は一貫して「憎悪の連鎖を断ち切り、再発を防ぐこと」に向けられていた。加害者個人への怒りを乗り越え、なぜ事故が起きたのかという構造的欠陥へ目を向けたことが、彼の社会的使命を決定づけた。