現代の科学リテラシーを持つ私たちは「なぜ当時の人々はこれほど明白な地動説をすぐに受け入れられなかったのか」と不思議に思いがちです。しかし、当時の学術コミュニティや市井の反応を検証すると、受け入れを阻んだのは教会の頑迷さだけではなく、極めてまっとうな「科学的・物理学的反論」の壁でした。
当時の知識人たちが提示した最大の反論は以下の2点に集約されます。
第一に、直感およびアリストテレス力学との致命的な矛盾です。「もし地球が西から東へ高速で回転しているなら、真上に投げ上げた石は回転に取り残されて西へ遥か後方に落ちるはずだ」「鳥や雲はすべて猛烈な暴風によって東から西へ吹き飛ばされるはずだ」という問いに対し、コペルニクスは明確な物理法則で答えることができませんでした。この疑問を論破するためには、ガリレオによる「慣性の法則」や、ニュートンによる「万有引力の法則」の登場を待たなければならなかったのです。
第二に、「年周視差(stellar parallax)」が観測できなかった点です。もし地球が巨大な軌道を描いて太陽の周りを回っているなら、夏と冬で見上げた夜空の恒星の相対的な位置がわずかにズレるはずです。しかし、当時の肉眼観測技術ではこのズレ(視差)を一切検出できませんでした。コペルニクスは「恒星が地球の軌道直径に比べて想像を絶するほど無限に遠い場所にあるからだ」と反論しましたが、当時の学者たちから見れば「自説の不都合を誤魔化すための突拍子もない言い訳」にしか聞こえませんでした。実際に年周視差が観測によって実証されたのは、望遠鏡技術が極限まで発達した1838年(フリードリヒ・ベッセルによる白鳥座61番星の観測)であり、コペルニクスの死から約300年後のことでした。
現代のSNSやネット上の言説を観察しても、「昔の人は愚かだったから地球が動いていることを信じなかった」という皮相的な投稿が散見されます。しかし一次史料を精査する科学史家たちの見解は正反対です。当時の知識人たちは、手に入る限りの観測データと論理的推論に基づき、「動いている証拠が何ひとつ観測できず、物理法則とも矛盾する地動説」を極めて合理的に却下していたのです。