漫画『キングダム』における春申君は、端正な顔立ちと優雅な身のこなしを持ちながら、六国の軍勢を束ねる合従軍の総司令として函谷関へ攻め入る大物政治家として描かれました。作中では媧燐を抜擢する慧眼や、汗明の敗北に顔を歪めるリアクションが読者の記憶に刻まれています。では、史実における春申君(黄歇:こうあつ)の経歴はどのようなものだったのでしょうか。
黄歇は若い頃から各地を遊説して見聞を広め、並外れた弁舌と洞察力で楚の頃襄王(けいじょうおう)に重用されました。紀元前272年、強大化する秦が楚を滅ぼそうと軍を動かした際、黄歇は単身で秦の昭襄王へ直訴状を送り、「秦と楚が争えば互いに疲弊し、韓や魏が利を得るだけである」と論破して侵攻を思いとどまらせる大功を立てます。
その後、人質として秦に送られた楚の太子・完(後の考烈王)に随行。頃襄王が重病に倒れると、黄歇は自らの命を賭して太子を秦から脱出させ、無事に即位させました。この不滅の忠義と功績により、紀元前262年に最高官位である「令尹(れいいん=宰相)」に就任し、淮北十二県を領地として賜り「春申君」と号したのです。