モズのはやにえに関して、古くから広まっている最大の誤解が「モズは健忘症であり、突き刺した場所を忘れて放置してしまう」という説です。国語辞典や故事成語の解説でも「百舌鳥の早贄=忘れっぽいことの例え」として引用されるケースが目立ちます。しかし、野生生物が自身の生存に関わる貴重な食料を単なる不注意で失い続けることは、進化適応の観点からあり得ません。
春先になって干からびた獲物が放置されている背景には、主に以下のような複合的・合理的な要因が存在します。
第一に、「保険としての余剰確保」です。野生動物にとって冬期の食糧事情は生死に直結します。厳冬期に生きた獲物が一切捕れなくなった事態に備えて過剰に貯食しておくため、その年の冬が暖冬であったり、想定以上に生きた虫が手に入ったりした場合は、わざわざ質の落ちた干物を食べる必要がなくなります。人間が非常持ち出し袋の保存食を賞味期限切れで余らせるのと同様のリスク管理です。
第二に、「干からびすぎや腐敗による価値の低下」です。雨や雪にさらされてカビが生えてしまったり、直射日光で完全に骨と皮だけになったりした獲物は、消化効率や栄養価が著しく低下します。モズは質の落ちた貯食をあえて見切り、新たに捕まえた良質な獲物を優先して摂取します。
第三に、「縄張りの喪失や他個体・天敵による強奪」です。冬の間に縄張りの主がカラスや猛禽類に捕食されたり、強い別の個体に追い払われたりした場合、残された早贄は主を失って放置されます。また、ヒヨドリやカラス、イタチなどに横取りされるケースも多々あります。「忘れられた」ように見える枝先の干物は、野生の厳しい淘汰と環境変動がもたらした結果に過ぎないのです。