長年、ネット上の掲示板や雑学コミュニティでは「たいとさんは日本のどこかに実在する苗字である」「昔の保険証や名刺に実在した」という言説がまことしやかに語り継がれてきました。しかし、戸籍実務と姓名学の現場取材を進めると、全く異なる実態が浮かび上がってきます。
法務省の戸籍統一文字データベースや、日本の苗字研究の第一人者たちが数十年かけて収集した電話帳・住民台帳の追跡データにおいて、「たいと」という84画の苗字を持つ現存人物は1件も確認されていません。
では、なぜ『大漢和辞典』に収録されるに至ったのでしょうか。その発端は、昭和初期に活動していたある証券会社関係者が所持していた「名刺」でした。戦前の資料収集家が「このような奇妙な苗字の名刺が存在した」と報告し、当時の編纂室が貴重な珍名・稀姓の現物見本として補巻に拾い上げたのが真相です。
姓名学において、文献には残っているものの実際の子孫や所持者が確認できない姓を「幽霊名字(幽霊姓)」と呼びます。「たいと」はその典型例であり、明治期の戸籍登録時の筆記ミス、あるいは偽名・屋号・文人の洒落(雅号)として一時的に刷られた名刺が、辞書に化石のように残ったというのが学術的な定説です。