有名店の閉店ニュースが流れるたび、ネット上では短絡的な憶測が飛び交いがちです。びいどろ渋谷店に関しても、一部のSNSやQ&Aサイトで「若者離れで経営が傾いて倒産したのではないか」「びいどろというブランド自体が消滅した」という誤解が散見されますが、これは事実と全く異なります。
一般に知られていない最大の盲点は、「びいどろ」の運営母体が1924年(大正13年)創業の超老舗企業・株式会社聚楽(じゅらく)であるという事実です。聚楽といえば、「聚楽よ〜♪」のテレビCMで知られる伊東・水上・飯坂・万座などの大型温泉ホテル事業と、上野駅前の「じゅらく」をはじめとするレストラン事業を両輪とする強固な企業グループです。公式の企業情報や業界データを参照しても、渋谷店の閉店は経営危機によるものではなく、グループ全体のポートフォリオ見直し(立地とブランド価値の最適化)の一環でした。
さらに見落とされがちなのが、「渋谷スペイン坂」という立地が抱える構造的なパラドックスです。かつては「びいどろがあるからスペイン坂に行く」という目的地型の消費が成立していましたが、2020年代に入ると、スペイン坂は渋谷センター街からパルコ方面へ抜ける「巨大観光コンコース」へと変貌しました。通行量は増えても、客単価6,000円〜8,000円の本格レストランにふさわしい静謐な環境を維持することは困難になります。つまり、渋谷店が街に敗北したのではなく、成熟したレストランブランドが、変化しすぎた街のフェーズから戦略的に卒業したと捉えるのが、外食ジャーナリズムの視点から見た正確な真相です。