司法報道を読み解く上で最初のハードルとなるのが、似通った呼称の使い分けです。法的な定義とメディアの実務慣行を整理すると、それぞれの言葉が使われる明確な理由が見えてきます。
刑事訴訟法において、犯罪の嫌疑をかけられて捜査機関(警察や検察)の捜査対象になっている人物は「被疑者(ひぎしゃ)」と定義されます。そして、検察官によって裁判所に公訴が提起(起訴)された瞬間に、その立場は「被告人(ひこくにん)」へと移行します。つまり、裁判が始まる前か後かという手続きのステージによって、法律上の呼称が厳格に切り替わります。
一方で、テレビや新聞などのニュース報道では、被疑者を「容疑者」、被告人を「被告」と呼ぶケースが一般的です。これには報道現場ならではの実務的理由が存在します。1980年代前半までの事件報道では警察発表の通り「〇〇被疑者」と報じられることもありましたが、「被疑者(ひぎしゃ)」と「被害者(ひがいしゃ)」は音声にした際の発音が極めて酷似しており、視聴者が重大な聞き間違いを起こす危険がありました。この混乱を未然に防ぐため、マスコミ各社は放送用語・新聞用語の統一ルールとして「容疑者」を採用した経緯があります。
また、刑事裁判の「被告人」を「被告」と短縮して呼ぶ慣例も定着しています。しかし本来、「被告」は民事訴訟法上の用語であり、民事裁判で訴えを起こした側(原告)に対する「訴えられた相手方」を指す言葉です。民事の被告には犯罪の容疑などは一切関係なく、単に金銭トラブルや契約不履行などで訴訟の相手方になった人を意味します。刑事上の「被告人」と民事上の「被告」を混同すると、事案の本質を見誤る原因となります。