タレント本人ではなく、東日本大震災 有名人 家族 死亡という残酷な現実に直面し、深い喪失感を抱えながらメディアの前に立ち続けた著名人たちがいます。
その筆頭が、宮城県気仙沼市出身のフリーアナウンサー・生島ヒロシさんです。震災当時、気仙沼市沿岸部に暮らしていた実の妹夫婦と連絡が途絶えました。生島さんは自らの情報発信力を活かし、テレビやラジオで安否確認の呼びかけを続け、自らも過酷を極める被災地の遺体安置所を巡り歩きました。震災から数カ月後、DNA照会によって妹夫婦の死亡が正式に確認された際、生島さんが記者会見で見せた深い悲嘆と落胆は、日本中に大きな衝撃を与えました。後に刊行された自著や震災特番において、生島さんは当時の心境を「頭が真っ白になり、現実を受け入れるまでに何年も要した」と告白しています。
また、同じく気仙沼市出身のお笑いタレント・マギー審司さんも、最愛の祖母(当時91歳)を津波で亡くしています。震災直後、実家や親族の安否が分からずパニックに陥りながらも、気仙沼の惨状を全国に伝え続けたマギー審司さんは、後に祖母の訃報に接し、「何もできなかった自分が悔しい」と涙ながらに語りました。
東日本大震災 被災地 出身 芸能人としては、ロケ中に気仙沼市の安波山へ避難して九死に一生を得たサンドウィッチマン(伊達みきおさん・富澤たけしさん)をはじめ、宮城県出身の中村雅俊さん、鈴木京香さん、千葉雄大さん、岩手県出身の新沼謙治さんなど、多くの表現者が親族や同級生、恩師を奪われるという筆舌に尽くしがたい体験を共有しています。