藤原喜明の強さの根源を語る上で欠かせないのが、「プロレスの神様」と称されたカール・ゴッチとの出会いである。道場での過酷極まりないスパーリングを通じて、彼は実戦的関節技の体系であるキャッチレスリングの真髄を骨の髄まで叩き込まれた。派手な跳躍技や演出に頼らず、相手の重心を崩し、腱を軋ませ、骨を極める。その技術は、道場破りを撃退する「道場番」としての絶対的な信頼を生んだ。
アントニオ猪木が率いた新日本プロレスにおいて、藤原はまさに最後の砦だった。1984年2月、札幌中島体育センターで起きた「テロリスト事件」は、予定調和を粉々に打ち砕くリアリズムの極致としてプロレス史に刻まれている。雪の降る北の大地でスーツ姿のまま長州力を襲撃したあの瞬間、日本中が息を呑んだ。「藤原なら本当に殺りかねない」――観客にそう確信させるだけの狂気と技術の裏付けが、彼にはあったのだ。