多くのファンに惜しまれながら、二子玉川の東急自動車学校はなぜ営業を終了したのか。その決定的な閉校理由は、昭和末期から構想されていた東京都東急電鉄・地元地権者による巨大プロジェクト「二子玉川東地区第一種市街地再開発事業」の具体化にありました。
二子玉川駅東口周辺は、かつて木造住宅や小規模商店、倉庫、そして広大な鉄道関連用地や遊園地跡地、教習所が混在する地域でした。1982年に再開発準備組合が設立されて以降、長期にわたる都市計画協議が進められ、2000年代に入って「職・住・遊」が融合した新都市「二子玉川ライズ」の建設が正式に決定します。
東急自動車学校の広大なコース用地は、まさにこの再開発エリアの中心区画(第2期事業エリアおよび都市公園予定地)に位置していました。東急電鉄の長期経営戦略として、利便性の極めて高い駅前一等地を低層の自動車教習所として維持し続けるよりも、高層タワーマンション、オフィス、シネマコンプレックス、区立公園へと高度利用する決断が下されたのです。
こうして2009年(平成21年)12月、半世紀以上にわたる二子玉川での教習業務はすべて終了。最後の営業日には、歴代指導員や地元住民、卒業生が詰めかけ、涙ながらに別れを告げる光景が報道機関でも取り上げられました。