本作のストーリーが大きくうねりを見せる契機は、風間俊が松崎海の実家「コクリコ荘」を訪れ、海が見せた古い1枚の写真を偶然目にした瞬間でした。そこには海の実父である澤村雄一郎と、俊が実の父親から譲り受けた写真と全く同一の男性の姿が写し出されていたのです。俊の戸籍謄本を取り寄せると、そこには実父として「澤村雄一郎」の名前が刻まれていました。二人が実の兄妹であるかのような疑惑が浮上し、惹かれ合っていた二人の心に暗い影を落とします。
しかし結論から言えば、松崎海と風間俊は血の繋がった兄妹ではありません。完全な赤の他人であり、二人の実の父親は明確に別人です。この複雑な混乱を解き明かす鍵となるのが、商船学校時代の固い友情で結ばれていた「3人の父親」の存在です。
俊の実の父親は、太平洋戦争末期の引き揚げ船の沈没事故で非業の死を遂げた立花洋(たちばな ひろし)です。立花の妻もまた原爆症や出産後の体調悪化で命を落としており、親友の遺児となった俊を引き取る親族は誰も残されていませんでした。そこに駆けつけたのが、海の父である澤村雄一郎(さわむら ゆういちろう)でした。
当時の日本は戦後の混乱の極みにあり、孤児院に預ければ乳児が命を落としかねない過酷な環境でした。澤村は立花の大切な忘れ形見を死なせてはならないと、自らの実子として俊を戸籍に届け出たのです。その後、澤村自身も船乗りとして海に出なければならず、また身重の妻(海の母・良子)を抱えていたため、同時期に生まれたばかりの赤ん坊を亡くして悲嘆に暮れていた親友の船乗り夫妻・風間家に俊を託しました。風間夫妻は俊を我が子として温かく育て上げ、現在の風間俊となったのです。
この決定的な事実を物語の終盤で証明するのが、3人目の父親であり、当時同じ船乗り仲間として生き残っていた貨物船「航洋丸」の船長・小野寺善雄(おのでら よしお)です。寄港先で海と俊に対面した小野寺は、二人を前にして「俊は立花洋の子であり、雄一郎の子ではない」と優しく真実を語り聞かせます。友が友を想い、失われかけた小さな命をリレーのように繋ぎ止めた感動的な友情の記録こそが、戸籍上の誤認を生んだ背景でした。