一方で、映画『銀魂』をめぐっては「福田組の内輪ノリが強すぎるのではないか」という批判的な言説がネット上で散見されることがあります。福田雄一監督といえば、佐藤二朗さんやムロツヨシさんら常連俳優による長尺のアドリブ合戦がトレードマークであり、これが原作のテンポ感を阻害していると感じる層が一定数存在したのも事実です。
しかし、これは映画の構造的な設計を見誤った誤解と言えます。福田組の自由奔放なアドリブは、実は銀魂が持つ「メタフィクション性(作中で自らを漫画や映画とメタ言及する構造)」を現代の実写映画に翻訳するための極めて高度な装置でした。映画冒頭でパロディやワーナー・ブラザースのロゴいじりを堂々と展開し、役者本人のパブリックイメージをネタにする手法は、空知英秋氏が原作漫画でジャンプ編集部や他作品を容赦なくイジり倒した精神と完全に一致しています。
原作者の空知英秋氏は、公開に際して「巨大な泥舟に乗ったつもりで楽しんでほしい」というユーモラスな直筆コメントを寄せつつ、撮影現場にも自ら足を運んでキャスト陣にエールを送りました。表面的な演出のノリを真似たのではなく、原作の「真面目に悪ふざけをし、ふざけた後に命がけで戦う」という根本的な哲学を共有していたからこそ、原作者公認の奇跡的なケミストリーが生まれたのです。