銀座や麻布十番、祇園などに店を構えるミシュラン星付き店や名門カウンター割烹の暖簾を見渡すと、その圧倒的多数が「寿司」ではなく「鮨」の一文字を掲げています。これには、単なる高級感の演出にとどまらない、調理技術と職人哲学に根ざした理由があります。
高級寿司店で鮨を使う理由の根底にあるのは、「魚を扱う絶対的な誇りと純度」です。「寿司」という表記は、いなり寿司や巻き寿司、さらには昨今定着したローストビーフやアボカドといった魚以外のタネをも内包する極めて包括的な言葉です。しかし、おまかせコース一本で勝負する高級店にとって、主役はどこまでも選び抜かれた旬の鮮魚と酢飯の調和にあります。
名店で腕を振るうベテラン職人の手記や業界の証言によれば、以下のような職人心理が共通して語られます。
「うちが暖簾に『鮨』と染め抜いているのは、魚偏の文字が示す通り、魚を最高の状態に仕立てて提供するという誓約そのものだからです。ただ切った生の魚を乗せるのではなく、塩と酢で〆る、煮る、幽庵地に漬ける、数日間熟成させてアミノ酸を極限まで引き出す。そうした魚への手当て(技術)を通じて『旨い魚』を握る矜持を込めています」(都内老舗鮨店店主の手記より)
魚偏に「旨い」と書くこの漢字は、仕込みに膨大な時間を費やす江戸前職人にとって、自らのアイデンティティそのものを表す最適な象徴なのです。