村田兆治の球速伝説を徹底検証!全盛期最速と60代140キロの真相

村田兆治の球速伝説を徹底検証!全盛期最速と60代140キロの真相

村田兆治の球速伝説を徹底検証!全盛期最速と60代140キロの真相にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

村田兆治氏のキャリアを語る上で欠かせない転換点が、右肘の故障とそこからの生還です。1982年に右肘を痛め、投球不能に陥った村田氏は、当時まだ日本では前例のなかった腱移植手術「トミージョン手術」を決断。渡米して整形外科の権威フランク・ジョーブ博士の執刀を受けました。

当時の医学界において、この手術からの本格復帰率は決して高くありませんでした。しかし、村田氏は持ち前の不屈の精神で2年近くに及ぶ過酷なリハビリテーションを完遂。復帰に際しては、登板過多を避けるため毎週日曜日のみに先発するローテーションが組まれ、「サンデー兆治」の異名で全国的な社会現象となりました。

1985年の復帰シーズン、村田氏は開幕11連勝を含む17勝5敗という驚異的な成績を収め、カムバック賞を受賞。手術前のような力任せの全力投球から、球速145km/h前後の直球にキレ味鋭いフォークを絶妙に配する「投球術の円熟」を見せつけ、完全復活を果たしたのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。