内裏塚古墳は単独で存在するのではなく、周辺に広がる内裏塚古墳群の盟主墳(中心となる大型墳)です。この地域一帯は昭和48年(1973年)に国の史跡に指定され、現在も手厚く保存されています。
内裏塚古墳群には、5世紀中頃の内裏塚古墳を皮切りに、6世紀から7世紀初頭にかけて次々と大型古墳が築かれました。
代表的な構成墳には次のようなものがあります:
- 九ノ目塚古墳(くのめづかこふん):全長約67メートルの前方後円墳。内裏塚古墳に後続する首長墳。
- 稲荷山古墳(いなりやまこふん):内裏塚古墳の西側に位置する前方後円墳。
- 三条塚古墳(さんじょうづかこふん):全長約122メートルを誇り、古墳群の中で内裏塚古墳に次ぐ規模を持つ後期首長墳。石室からは豪華な金銅製馬具などが出土。
首長墳が2世紀近くにわたって同地域で計画的に築かれ続けた事実は、須恵国造の一族が世代を超えて安定した支配体制と富を維持していた証拠です。