「窮鼠猫を噛む」という故事成語のルーツは、紀元前81年、古代中国の前漢時代に行われた国家政策の討論記録『塩鉄論(えんてつろん)』詔差(しょうさい)篇に遡ります。
当時、漢の武帝が進めた塩・鉄・酒の国家専売制や増税策に対し、民衆の困窮を訴える民間知識人(賢良・文学)と、国家財政を維持しようとする政府高官(御史大夫・桑弘羊ら)が激しい論争を交わしました。その中で、民衆を過度に締め付ける圧政の危険性を訴える文脈で登場したのが次の記述です。
「死鳥は音を弄び、窮鼠は猫を噛む(死に瀕した鳥は悲痛な声を上げ、追い詰められたネズミは猫に噛みつく)」
為政者が権力に任せて民衆を過酷に搾取し、生活の逃げ場を完全に奪ってしまえば、非力な民衆であっても最後は死に物狂いで反乱を起こし、国家体制そのものを揺るがす事態に発展する――。すなわち、この言葉はもともと「権力者が弱者を追い詰めすぎることへの政治的抑止・統制リスクの警告」として語られた歴史を持っています。