兵庫県生野町(現・朝来市)出身の江口のりこは、中学卒業後に様々なアルバイトを経験したのち、映画館に通い詰める中で女優を志しました。1999年に所持金わずか2万円で上京し、憧れだった柄本明主宰の「劇団東京乾電池」のオーディションに合格。研究生として過酷な下積み生活をスタートさせます。
当時、新聞配達やうどん屋などのアルバイトを掛け持ちしながら劇団の稽古に励んでいた彼女に舞い込んだのが、映画のオーディションでした。2002年、鬼才・瀬々敬久監督のピンク映画『桃源郷の人々』でスクリーンデビューを飾ります。
当時のインタビューや関係者の証言によると、彼女自身は露出を伴う役柄に対して過度な抵抗や偏見を持たず、「映画に出られるならどんな役でも挑戦する」という純粋な役者魂で現場に飛び込んでいたことが分かります。当時の日本映画界において、ピンク映画は若手監督や実力派俳優が腕を磨く登竜門としての側面を強く持っており、江口のりこもその厳しい現場で鍛え上げられました。