大東駿介がなぜ家族を持ちながら同居を拒み続けたのかを紐解く上で、避けて通れないのが彼の過酷な生い立ちです。大阪府堺市出身の彼は、幼少期に一般的な家庭環境とはかけ離れた絶望的な孤立を経験しています。
小学3年生の頃に父親が突如失踪し、以降は母親と二人暮らしになりましたが、その母親も中学2年生の時に姿を消しました。自宅に残されていた僅かな現金を使い果たした後は、駄菓子屋の金券や野草を口にして飢えをしのぎ、電気やガスが止められた暗闇の部屋で1人過ごしたという凄惨な経験を持っています。最終的には引き取り手となった叔母に救出されたものの、この原体験が彼の心に「家族はいつか必ず崩壊し、自分を裏切るもの」という強烈な不信感を刻み込みました。
当時のインタビューにおいて、大東駿介は次のような心情を吐露しています。
「家庭という形を作ってしまうと、いつか自分が壊してしまうのではないか、あるいは突然すべてが消えてしまうのではないかという恐怖が消えなかった」
生活費や育児のサポートを一切怠らなかった一方で、「ひとつの屋根の下で家族として暮らす」という行為そのものが、幼少期のトラウマを直接刺激するパニックの引き金となっていたのです。