諏訪の精神的支柱であり、全国に約2万社ある諏訪神社の総本社が諏訪大社です。諏訪湖を挟んで上社(本宮・前宮)と下社(春宮・秋宮)の二社四宮に分かれていますが、政治と祭祀の中枢として圧倒的な重厚感を放つのが諏訪大社上社本宮です。一般的な神社に見られる「本殿」を持たず、背後の守屋山そのものをご神体(諸説あり)として拝する古代の自然信仰の形態を今に留めています。国の重要文化財に指定されている幣拝殿の荘厳な彫刻や、徳川家康が寄進したと伝わる四脚門など、境内を歩くだけで幾重にも重なる中世・近世の歴史絵巻に圧倒されます。
そして諏訪を語る上で避けて通れないのが、寅と申の年に執り行われる御柱祭(正式名称:式年造営御柱大祭)です。起源は平安時代以前に遡り、千数百年の風雪を耐え抜いて継承されてきました。山中から樹齢200年を超える巨大な樅(モミ)の大木を16本切り出し、人力のみで急峻な山坂を曳行して境内の四隅に建てる――その過程で繰り広げられる「木落し」や「川越し」は、命懸けの熱気とともに男衆の誇りが激突する神事です。
地域社会において御柱祭は単なる観光イベントではなく、集落の絆と階層秩序を再確認する強固な社会的紐帯(ソーシャル・キャピタル)として機能しています。地元の古老が「諏訪の男は御柱で始まり御柱で人生を終える」と語るように、祭りの準備と伝承は6年周期の日常そのものに組み込まれています。外来者にとっては一見すると激しく閉鎖的に映るほどの共同体結束が、この街独自の精神的骨格を作り上げている事実は見逃せません。