借金完済の目処が立ち、歌手としても再び輝きを取り戻しつつあった矢先、最大の悲劇が訪れます。1982年2月13日午後、東京都港区高輪の自宅マンションの寝室で、江利チエミが冷たくなっているのをマネージャーによって発見されました。享年45という、あまりにも早すぎる死でした。
当時の警察発表および法医学鑑定による死因の真相は、脳卒中(脳虚血)に伴う吐瀉物誤嚥による窒息死でした。風邪薬をウイスキーで服用したことによる急性アルコール中毒の症状が重なり、嘔吐したものが気管を塞いだとされています。自死や他殺といった事件性は一切なく、過労と不慮の事故が重なった痛ましい突発死でした。
奇しくも、彼女が発見された2月13日は、高倉健の51歳の誕生日のわずか3日前であり、二人が結婚式を挙げた記念日(2月16日)の直前でした。葬儀・告別式には多くの芸能関係者が参列しましたが、高倉健はマスコミの狂乱を避け、本葬には姿を見せませんでした。しかし、密葬の前夜、高倉は誰にも告げずにチエミの自宅を訪れ、線香をあげて静かに亡骸と対面していたことが、後に遺族や近親者によって明かされています。