「妾」「側室」「愛人」は混同されやすい言葉ですが、時代背景や制度的な正当性、関係性のオープンさにおいて歴然とした違いがあります。特に「公認されていたかどうか」「家の後継ぎ確保という制度的目的があったかどうか」が最大の分岐点です。
武家社会や皇室における「側室」は、家系の断絶を防ぎ後継ぎ(嫡男)を産むための公的な身分制度でした。奥向き(大奥など)で正式な職制として扱われ、本妻(正室)より身分は劣るものの、男子を産めば「お世継ぎの母」として絶大な権力を持つこともありました。対して「愛人」は、現代社会において法的保護を一切持たず、配偶者や周囲に対して秘密裏に関係が維持されるケースが主流です。
これらの中間に位置するのが「妾」です。近代以前から明治初期にかけて、妾は秘密の存在ではなく、周囲や親族にも認知され、本妻と同じ屋敷に同居することも珍しくありませんでした。経済的な面倒を見ることが前提となっており、経済力を持つ富裕層や政治家の社会的ステータスとして扱われていた側面があります。