アスリートの個人の人生をどこまで消費してよいのか。一連の出来事は、スポーツジャーナリズムのあり方に対しても重い問いを突きつけた。かつてリンク上の圧倒的なパフォーマンスや緻密な技術論を語っていたメディアの一部が、いつしかPV稼ぎやゴシップ記事に傾倒していった現状は否定できない。
真のスポーツジャーナリズムとは、選手が心血を注ぐ技術や精神性、作品に込めたメッセージを正しく読み解き、伝えることにあるはずだ。ゴシップ報道の過熱によって稀代の表現者が私生活の破壊に追い込まれるような事態は、日本のスポーツ文化にとっても大きな損失であったと言わざるを得ない。