千代田区神田神保町。歴史ある書店街も、電子化と地価高騰の波に洗われ続けてきた。だが、路地裏にひっそりと佇むこの場所だけは、明確に異なる時間を刻んでいる。
店内に一歩足を踏み入れれば、天井まで届く圧倒的な書棚が目に飛び込んでくる。新刊本、昭和初期の貴重な初版本、地方の独立系出版社が手掛けたリトルプレス、さらには手製本のアートブックまでが、独自の文脈で分類されている。分類体系も図書館のような標準分類法ではない。「深夜に一人で読みたくなる哲学的思索」「誰にも言えない秘密の趣味」といった、人間の感情や直感に働きかける独創的な棚作りだ。
「アルゴリズムは、あなたが過去に見たものしか見せてくれません。でもここにあるのは、あなたがまだ出会ったことのない『本当の関心』です」
店主はそう言って静かに微笑む。この空間に身を置くと、自分が検索ウィンドウに入力したことのない言葉たちに囲まれている事実に気づかされる。