1993年のご結婚時、日本中が歓喜に沸いた。ハーバード大学卒業、外務省での実績。「新しい皇室外交の担い手」として、国民の期待はこれ以上ないほどに高まっていた。しかし、その高すぎる注目度と、皇室という伝統的な役割へのプレッシャーは、次第に雅子さまの心身を蝕んでいった。
2003年末のご入院、そして翌年の診察。公表された病名は「適応障害」だった。環境の変化や強いストレスが原因で引き起こされるこの症状は、当時の日本社会ではまだ十分に理解されていなかった。国民的スターのような期待を背負った皇太子妃の長期療養は、社会全体に大きな一石を投じたのである。