昭和20(1945)年4月、米軍が圧倒的な兵力で押し寄せた沖縄戦において、激戦地の一つとなったのが本部半島の沖合に浮かぶ伊江島(いえじま)でした。激しい艦砲射撃と空爆により島全体が焦土と化すなか、所属部隊が壊滅した2人の日本兵が逃げ込んだのが、樹齢数百年の巨大なガジュマルの木でした。
実話のモデルとなったのは、宮崎県出身の軍曹・古川末吉氏と、沖縄県出身の補充兵・佐久川栄喜氏(諸記録による)の2名です。周囲は米軍によって瞬く間に巨大な航空基地へと変貌を遂げ、見渡す限り敵の兵舎や滑走路が広がる完全な包囲網の中に、彼らの潜んだガジュマルだけが取り残されていました。
樹上での生活は、現代の想像を絶する過酷さでした。日中は米兵に見つからぬよう葉の生い茂る枝の間で身を潜め、一切の物音を立てずに息を殺し続けました。夜になると闇に紛れて地上へ降り、米軍のゴミ捨て場から缶詰の残飯や残された物資を拾い集め、朝が来る前に再び樹上へと戻るという極限のルーティンを、実に1945年4月から1947年3月までの約2年間にわたって繰り返したのです。