漢字文化の専門家である早稲田大学の笹原宏之教授らの研究によると、「わたなべ」に該当する異体字は俗字を含めると50種類以上、細かな筆勢の差異まで数え上げれば100種類近くにのぼると報告されています。なぜこれほどまでに夥しい数のバリエーションが生まれてしまったのでしょうか。その決定打となったのは、明治新政府が断行した戸籍制度の立ち上げ期にあります。
1870年の平民苗字許可令、そして1875年の平民苗字必称義務令を経て、すべての国民が名字を名乗ることになりました。1872年(明治5年)に編纂された「壬申戸籍」の作成現場では、全国各地の役場や寺社の筆記担当者が住民から申告された名字を毛筆で手書き登録していきました。当時は楷書だけでなく行書や草書、さらには地方独自の崩し字が日常的に使われていたため、書き手の手癖や癖字、墨だまりがそのまま「固有の文字」として公文書に固定化されてしまったのです。
わたなべ異体字の書き方を解剖すると、主として以下の4つのパーツの組み合わせによって無限の変種が生み出されたことが分かります。
- しんにょう(辶):点が1つの「1点しんにょう」、点が2つの「2点しんにょう」の分岐。
- 冠(かんむり):「宀(うかんむり)」にするか、「亠(なべぶた)」にするか。
- 中央部:「自」を用いるか、「白」にするか、あるいは「日」や「目」にするかの違い。
- 右下・下部:「口」を配置するか、「日」にするか、あるいは「方」にするかの差異。
本来の伝統的な正字は「渡邊」であり、その草書体や略字として江戸時代から通用していた俗字が「渡邉」でした。戦後の当用漢字・常用漢字の制定によって生まれた簡略文字が「渡辺」です。しかし、戸籍の電算化が行われる過程で、役所の台帳に手書きされていた無数の揺らぎが「外字」として個別にコード化された結果、わたなべの漢字種類一覧は現代に至るまで膨大な数を保ち続けることになりました。