華々しいヒット曲の数々とは裏腹に、岩谷時子の創作現場は常に孤独とストイックな推敲の連続だった。彼女は生涯独身を貫き、自宅の机に向かって辞書をめくり、言葉の一音一音に命を削った。
岩谷の真骨頂は、単なる直訳にとどまらない「超訳」とも呼ぶべき訳詞の技量にある。西洋言語と日本語では、音節(シラブル)の構造が根本的に異なる。英語やフランス語の短い一小節に入る情報量を、母音重視の日本語にそのまま詰め込めば破綻してしまう。岩谷はその制約を逆手に取り、原曲の核心にある感情のドラマを抽出し、日本人の情緒に最も響く詩情へと昇華させた。
越路吹雪がステージで流した涙、加山雄三がスタジオで見せた情熱、そして劇場で繰り広げられる人間模様。岩谷は歌い手の体温や息遣いを誰よりも間近で感じ取り、その人物になりきって言葉を選び抜いた。裏表のない誠実さと人間への深い慈しみが、名曲誕生の裏側に隠された揺るぎない真実である。