1979年に下積み時代を経て結婚した二人の歩みは、まさに波乱万丈の昭和芸能史そのものだった。大衆演劇の座長の娘であった元妻は、まだ何者でもなかった若き日の彼を献身的に支え、三人の息子を育て上げた。だが、結婚生活が30年を超えた頃から、夫婦の形態は少しずつ形を変えていく。もともと創作活動に没頭するためアトリエ兼仕事場を構え、長年の別居状態が続いていたが、還暦を迎えた節目に正式な離婚へと踏み切った。
不貞や金銭トラブルといった泥沼の破局劇ではない。互いに自立した一人の人間として、残りの人生をどう生き切るかを話し合った末の円満な熟年離婚だった。「それぞれの時間を尊重し、自由に生きていこう」という合意のもとで選ばれた道であり、元妻への深い感謝と敬意は今も変わっていないと語られている。