坂上氏は、後漢の霊帝の後裔を称する東漢氏(ヤマトノアヤウジ)の流れをくむ渡来系氏族である。当時、中央貴族の権力闘争が渦巻く都において、軍事技術や大陸の最新知識に長けた渡来系勢力は不可欠な存在でありながらも、時に異端視される側面を持っていた。
しかし田村麻呂は、このルーツゆえに既存の古い枠組みにとらわれないフレキシブルな発想を持っていたとされる。弓馬の道に長け、身の丈6尺(約180cm)を超える巨漢であったという伝説も残るが、真の強みはそのオープンマインドにあった。異文化を受け入れる包容力と、現地の風土や敵の戦術を即座に吸収・応用する柔軟性こそが、前例のない北方平定という難事業を成功に導いた原動力と言える。