寛永寺の中心的建造物である根本中堂(ねんぶちゅうどう)は、重厚な木造建築の美しさと静けさを漂わせている。現在の建物は明治期に川越の喜多院から移築されたものだが、その内部に一歩入れば、江戸文化の威厳が肌に伝わってくる。
しかし、この美しい境内は激動の歴史の激震地でもあった。慶応4年(1868年)、戊辰戦争の一環として繰り広げられた「上野戦争」である。旧幕府軍の志士たちによって結成された彰義隊が寛永寺に籠城し、新政府軍と壮絶な市街戦を展開した。かつての大伽藍の多くはこの戦火によって焼失してしまった。根本中堂の周辺には、当時の銃弾の痕跡を物語る史跡や記念碑が点在しており、幕末の悲運と思想の衝突を現代に伝えている。