硯の命は、肉眼では捉えきれない微細な突起群「鋒鋩(ほうぼう)」に宿る。鋒鋩は石の表面に無数に直立する極小の刃であり、固形墨の粒子を鉋(かんな)のように削り取ることで、滑らかで艶のある墨液を生み出す。この鋒鋩をいかに磨耗させず、目詰まりから守り抜くかが手入れのすべてだ。
市販のメラミンスポンジや金属タワシでゴシゴシと擦る行為は、自らの手でヤスリの目を平らに削り落としているようなものに等しい。一度すり減った鋒鋩を立て直すには「砥石がけ」という熟練職人の高度な研磨技術が必要となり、元通りの摺り味を取り戻せないリスクすら伴う。石の硬度を過信して力任せに扱うことこそ、手入れにおける最大の過ちなのだ。