米米CLUBが1997年3月の東京ドーム公演をもって解散に至った経緯には、単一のトラブルではなく、商業的成功とクリエイティビティの狭間で生じた複数の構造的問題が横たわっていました。当時の特番インタビューや自著・手記で語られた関係者の証言を総合すると、決定打となった要素は大きく3つに集約されます。
第一に、メガヒットがもたらした強烈なプレッシャーとクリエイティブの消耗です。1992年にリリースされたシングル『君がいるだけで』は、フジテレビ系月9ドラマ『素顔のままで』の主題歌として累計売上約289万枚を記録し、第34回日本レコード大賞を受賞しました。バンドの知名度は国民的なものとなった反面、元来持っていた「アングラ的で自由なナンセンス・パロディ精神」と「大衆が求めるわかりやすいポップスター像」の乖離が急速に拡大していきました。
第二に、フロントマンであるカールスモーキー石井(石井竜也)が取り組んだ映画監督作品に伴う精神的・経済的負担です。石井は1994年に映画『河童』、1996年に『ACRI』を監督・公開しました。映像表現への情熱を注ぎ込んだ一大プロジェクトでしたが、多額の制作費や興行リスクを背負うこととなり、音楽活動との両立による心身の疲弊は限界に達していました。
第三に、大所帯エンターテインメント集団としての組織マネジメントの限界です。演奏陣だけでなく、ホーンセクションのBIG HORNS BEE、ダンサーチームのシュークリームシュ、さらには裏方スタッフを含めると数十人規模に及ぶツアーカンパニーを維持し続ける責任は、フロントマンやリーダー陣の肩に重くのしかかっていました。「バンドという枠組みを超えて企業体のようになってしまい、純粋に音を楽しむ呼吸が困難になっていた」という当時の回顧録の言葉通り、創造性を維持するための必然的なブレイクが求められていたといえます。