当時の特番インタビューや本人の回顧録によると、さとう珠緒(当時は本名の「佐藤珠緒」名義)がオーピンク役に抜擢された背景には、演技経験の少なさを補って余りある「圧倒的な自然体の明るさと度胸」がありました。オーディション会場で審査員たちの目を引いたのは、作られた優等生的な受け答えではなく、物怖じしない人懐っこい笑顔と生命力だったと伝えられています。
しかし、合格後に待ち受けていたのは過酷を極める撮影現場でした。1990年代半ばの東映特撮は、CGに頼らない実物大の火薬爆破(ナパーム)やワイヤーアクションが全盛の時代です。早朝からの過酷なロケーション撮影に加え、東映の名匠・辻野正人監督らによる妥協なき演技指導が連日続きました。
「爆風の熱風で背中が熱くなり、恐怖で足がすくみそうになりながらも必死で走った」「監督からの厳しいダメ出しに涙を流しながら食らいついた」という現場の証言は、当時の特撮ヒロインが単なるアイドルの登竜門ではなく、極限の身体表現を要求される現場であったことを如実に物語っています。この1年間の濃密な鍛錬こそが、のちに芸能界の荒波を生き抜く彼女の強靭なプロ意識の土台となりました。