桐野夏生のキャリアは、決して順風満帆な若手エリートコースではありませんでした。成蹊大学法学部を卒業後、映画会社勤務や各種アルバイト、ライター業などを経て、1993年に『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞したのは41歳の時です。遅咲きとも言えるスタートであったからこそ、市井の人々の暮らしや労働の実態、組織や社会構造の理不尽さを肌感覚として熟知しており、その観察眼が圧倒的なリアリズムを支えています。
作家活動にとどまらず、2021年5月には第18代日本ペンクラブ会長に就任しました。1935年の創立以来、女性として初の会長就任となったこの人事は文学界で大きな節目となりました。言論・表現の自由を守る活動や、戦時下における平和への発信、作家の権利擁護などにおいて強いリーダーシップを発揮しています。
2015年の紫綬褒章受章をはじめ数々の栄誉に輝きながらも、創作意欲は衰えを知りません。近年もバブル期を総括する『真珠とダイヤモンド』を発表し、2026年現在も複数の文芸誌で精力的に新作や連載を展開しています。激変する世界情勢と日本社会の変容を、常に最前線で言語化し続ける姿勢は健在です。